FC2ブログ
TOP > スポンサー広告 > おうちに帰っておねんねしろTOP > おぼえがき > おうちに帰っておねんねしろ
--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010.08.04

おうちに帰っておねんねしろ

GEの支部長しかり、八神さんちの月くんしかり、いわゆる厨二病キャラはなぜ世界を救おうとして、逆にピンチに追い込んでしまうのだろう?

よく考えてみれば人間のつまらない部分、悪い部分を嫌って蔑むような人間に、
大部分がそういいものでもない多数の人々を愛せるわけがなく
そういう人たちの、くだらない理由に基づいた悲しみに同情できる心があるわけがなく
共感できないのにその人が苦しむのを止めたくなるわけもない。

倫理的、というか人間や社会のあり方を情ではなく理性や精神に求める人間ほど、実はつまらない人間の集合体である社会なんてどうでもいいんである。そこに生きる個々などもっとどうでもいい。助けなければいけないモチベーションの源が全くない。
つまり人間の悪を憎むが故によりよい社会を目指し改革する、という時点で目的からして破綻しているので決まってキナ臭いことになるのだ。

人々のよりよき姿のため痛みを、というのは一見まともな目標に見える。しかし幕末ネタが流行っている今はあまり注目されないがそういった革命というのはハイリスクなもので、運が悪いとますます悪い影響が出たり集団全体が滅んだりするんである。
革命はカッコいいものでも素晴らしいものでもなく、先の見えない博打だ。しかも命を奪う博打であるから、無闇やたらに打ってはいけない。少なくとも自分のことなどどうとも思っていない人間にチップにされるのは御免である。

厨二、と流行りの言葉を使ってしまったがそういう
自分の価値観が強く例外を認めない
他者への共感が薄い
他人より自分が賢いと思っている
隣人を他人と差別化して特に重要視する
人間嫌いだが理想は追い求める
今の社会は間違っていると何となく(ここ重要)思う
ような困ったちゃんが要求するものは、本当はよりよい社会ではなくナルシズムの充足である。彼らがかくあるべきと思った世界を現実にしたい願望、彼女らが持つ思想が理にかなったものであるという確証がほしいから、現実がそのとおりに変わることを望む。それが困難なら、ねじ曲げてでもやってのける。その現実が自分の正しさを証明してくれるからだ。
だが前述した通り他人のことはどうでもいいので、垣間見ない。死のうが傷つこうが不利益を被ろうが気にしない。大事なのはあくまで自分の考えや自身なのだから。

ギリシャ悲劇の英雄譚において、英雄は身近な人の死や喪失、つまり「二人称の死」を経て完全たることができるという。だが物語において同じ二人称を越えたものが、英雄どころかとんでもない魔物になりうるのは皮肉だ。
両者の間にどんな違いがあるかはわからない。英雄になるのは難しいという意味なのか、それとも英雄と魔物の出自は、実は同じという意味なのだろうか。

とにかく自分が他人嫌いで理屈っぽいと思ったら、あるときひょっこり世界を革命する力が手に入ったとしても、黙って家に帰って寝るのが一番なのかもしれない。


************

TFのマトリクス関係の話が嫌いなのはだからなんだよな。生命の英知の結晶って、おまえらの命おまえらの心より高次のセオリーなんてあるもんか、その言うことに全く疑問を持たないとはどういう思考停止だ、みたいな。
信じたいのかなあ、自分の心には悪いところもあるが、いいところも必ずあることを。
(それだって善の結晶ではないのに)
信じたいのかなあ、我々の罪深さを越えたものがどこかにいて、頑張ればたどり着けるということを。
(罪深いって何がどうしてそうなのかもわからないんだから、逆に何が清いかも曖昧なのに)
アメコミは日コミにない容赦無さが魅力だと思っているのに、やはりキリスト教徒の限界かたまに妙なドリームに浸るのはやめてほしいもんだ…。
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。